ぐりおブログ

デザインについて知りたい人のためのデザイナー歴20年アラフィフママのブログ

 

ぐりおプロフィール概要

 

1972年生まれ。

美大卒業後、CGを独学で学び、印刷業界へ入社するも半年で退社。

ベンチャーのゲーム、ソフトウェア開発会社で、UIデザイン、2D、3Dグラフィック、ゲーム企画(プランナー)、プロジェクト管理などの仕事をする。

毎日朝11時から夜中12時までの長時間労働と手取り22万の給料のいわば「ブラック」企業だったが、仕事が楽しかったため、当時はまるで自覚なし。

2009年にうつ病を発症し、半年間休職。復帰後は仕事量を3分の1に。

うつ病をきっかけに人生を考え直す。

2011年、震災をきっかけに退社、実家である長野県へ移住。

2012年、お見合いパーティからの結婚。岐阜県へ移住。

2013年からは、映像制作会社で、DVDジャケット、盤面デザインをしています。

2015年出産。

 

 

うつ病からの挫折

 

私は今40台後半の女性です。

40台前半で結婚して、子どもが一人います。

人生を思い返すと赤面するようなことばかりです。

 

仕事漬けの20代

 

20代~30代後半は、仕事に生きていました。

ゲームやソフトウェア制作会社でグラフィッカーをやっていました。

1日に12時間も労働して手取り20万円。スケジュールがきつくなれば4か月間休日なし。

新人はどんどん辞め、優秀な人も途中で発狂してしまうような職場。

完全にブラックでしたが、人間関係が良すぎてそんな意識はなかったです。

20年以上同じベンチャー企業に勤めていました。

 

ベンチャーですから、グラフィックだけではなく、仕事が来れば手あたり次第なんでもやっていました。

ドット絵、2Dイラスト、3Dモデリング、テクスチャ―、モーショングラフィック、WEBグラフィック、ムービー制作、ゲーム企画、外部とのやりとり、営業、製品企画、仕様、スケジュール管理…

 

 

うつ病で働けなくなる

 

かなり無茶な働き方をしていたためか、ある日うつ病にかかってしまい、働けなくなりました。

きっかけは、同僚の女性が私のミスを見つけて舌打ちしたことでした。

仕事ができない人間だと思われるのが私にとって何より辛く、うつになってしまった。

毎日布団の中で天井見て泣いてました。

頭が働かないので、着替え一つするのに1時間以上かかる始末。

向精神剤の副作用で手が震えて字もまともに書けず。

半年間動けず、復帰後も以前の半分しか仕事ができず、管理職から平社員へ、給料も半分に減りました。

 

 

退職と実家への引っ越し

 

さらに次々と病気になり、震災のすぐ後に初めての子を流産し、ノイローゼ状態になりつつ退職します。逃げるように実家へ戻りました。

買ったばかりのマンションも手放しました。

 

仕事もない、貯金もない、家もない、子もない、なにも無くなってしまった。

40歳近い大人が実家で食べさせてもらう毎日です。

70代の親に心配かけてたり怒られるのも情けない話でした。

 

 

アラフォーで結婚と出産

 

もうできることは結婚くらいしかない、と婚活。

幸い1年後に夫に会い結婚。2年後に息子を産みます。

また、田舎でデザインのバイトを見つけてゆっくりと働きます。

簡単なバイトなので、不安定な精神状態でも問題なく働けました。

ここで、なにかもなくなっていたと思っていたことが、実際は何もなくなっていないことに気づきました。

つまり身に着けた「スキル」は自分のもの。

無意識までしみついたPhotoshopのショートカットは忘れません。

全盛期のように長時間は働けないけど、変わりに効率化を考えて仕事ができるようになっていました。

 

 

人生まだあきらめない!

 

スキルはあるものの、田舎の最低時給でのアルバイトでは、月に10万円も稼げません。

子どもが熱を出せばすぐ休む既婚女性という扱いで、給料を上げてとも言いづらい… (何度か言いましたが)

じわじわ不満がたまっていく毎日。

わたしは今までいろんなことをやったけど、これを達成した!というものがない。

何か達成できるはず…今からだってまだやれる!と、このブログをはじめました。

よろしくお願いいたします。

 

投稿日:

Copyright© ぐりおブログ , 2019 All Rights Reserved.